カメリアの記事

意味があることやないことを綴ります

落書き - gr028 2023-02-28

ブログ投稿日数というのが377日になっていることに気付いた。1年過ぎている。途中で長期間途切れたときがあったから、1年続いた、という言い方はできないかもしれないけど、まぁなんとなく1年だ。1年しか経ってないのか、という感覚が強い。散々書きたくった気でいるのだけど、経過日数はそこまででもないのだ。確かに投稿数は771となっていて、平均すると1日に2件くらい書いている。まあまあ書いているほうなのか。そういえばここのところは1日に4件ずつ投稿している。書きたくっているのは最近のことなのかもしれない。それにしても、途切れつつだけどなんとな続いているな。継続は力なりって言うしいいことなんだろう。もっと続くと嬉しい。

最近元気が出ない。フリーライティングする元気がない。フリーライティングはエキサイティングで活力の必要な行為だ。頭の100m走みたいな。1ヵ月くらい前はできていたのに。最近もたまにやるけど、ちょっときつい。何か僕のモードが変わったのかもしれない。まぁ一番ありそうなのはうつ病の具合がよろしくないことだけど。だけど、それならそれで合わせてやっていくしかないから、フリーライティングは可能な範囲でやるのかな。もしかしたら発想の全力疾走をしなくてもいいのかもしれない。もう少しゆっくりすることも考えたらいい。状況に合わせて柔軟に。そうだね。文章にしていると考えが捗っていい。

割れ窓理論というのがある。自室で応用して考えると、あまり安っぽいものを置くのはよくないような気がする。先日どこかで話題に出したヨーグルトの空き容器などを入れ物に使っていては貧相な発想や考え方になってしまわないだろうか。それなりの美観を保つことは心理的に具合がいいような気がする。散らかすのはもっての外だ。どんどん散らかっていく。貧しいながらも、ちょっと考えようかな、と思った。

目標は低いとつまらない。できると分かりきっていることは面白くない。チャレンジしたい。できそうだけど、できるか分からない、みたいなのがいい。やる気に対して目標が困難過ぎるとくじけてしまう。ちょうどいいくらいの目標がいい。これはきっと物語の面白さについても言えることだと思う。

この企画を無理して続けることはないのだけど、つい続けたくなってしまう。ここに何か書くには、何か思わないといけない。思わないといけないけど、思えと言われて思えるものでもない。気分がいろんなことに関心を持ってあれこれ思うときもあれば、なにさら感じないときもある。今はあまり感じないときだ。パソコンのことについてちょいちょい思うことはあるけど、あまり専門的なことを書くのもどうなんだ、と思うので控えている。そういう一般的なことに迎合するのはよくないと言われるかもしれないけど、かといって普段からパソコンのことにばかり気が向いているわけでもない。物事にはいろいろと事情が含まれているものだ。これもその一つだろう。諸般の事情というやつには理解を示していきたいと思っている。理不尽や不条理なことにも事情がある。事情をくんで穏やかにありたいものだ。