寝起き
前日の深夜11時半に起きた。昨日まであった8時くらいに目が覚めることはなかった。うつ病の薬で夜飲んでいたものの一つを取りやめたからだと思う。予想は当たっていた。
身が入らない
小説制作していたけど捗らない。どうも上手く思考できない。僕の状態はそれほど問題なかった気がするから、先日から同じところを考えていて飽きているのかもしれない。そのことが手伝ってなのか眠気が出てきて困っていた。
それでけっきょくは諦めた。とりあえずこの作品のこの部分は置いておくか、別の切り口で考えたほうがいいかもしれない。今日のところは終了だ。他の作品にするか、どうするか。
ここ数日はChatGPTにかまけて小説制作が疎かになっている。でもたまには離れることも有用だと思うので、あまり気にしていないけど。
思考の飛躍
眠くて、何もする気がしなくて、タバコを吸ってないからだと結論づけ、タバコを吸ってしまった。ニコチンを得たからなのか、タバコを吸ったという事実が影響しているのか、今のところは気分が普通の感じがする。もうちょっと晴れやかになるかと思っていたので肩透かしな感じはあるけども。
しかし今思うと小説制作に飽いている気がする。ウンザリ感がある。同じ小説制作でも他の作品がやりたい。
感動のままに
先日ChatGPTでキャラクター相関図を作っていた感覚が忘れられない。最初のインパクトが強かった。僕はChatGPTに――「VS Code用の拡張機能で、設定ファイルから相関図を表示するものを作って」――とだけ指示した。すると言ったとおりの機能が作られたのだ。この衝撃はとてつもなかった。
これまでプログラムを自分で書かないと何もできなかった。拡張機能を作るなら拡張機能の勉強から始めなくてはならなかった。それらすべてが無用になった。僕は欲しい機能を作るよう指示するだけでいい。こんなのパラダイムシフトだ。
それ以来ChatGPTにこの機能を作り込ませることに快感を覚えるようになった。相関図としての完成度を上げること、VS Code拡張機能を飛び出してWebアプリにすること。
これまでそう感ずと言えば小説制作サポートツールであるNolaなどを使うしかなかった。相関図を作るウェブサービスなんてなかった。だけどChatGPTに指示すれば実現できる。世の中にはきっと小説制作の総合的なサポートツール(つまりNolaとか)を使う気にはならないけど相関図があればいいのにという人がいるはずだ。有用な取り組みだと思う。
今となってしまえば相関図のアプリはAIで簡単に作れることが分かってしまっている。そういう意味で僕がChatGPTに作らせているものにはさほどの価値がない。誰でも作れるのだし。だけどこのアイデアは世の中に影響がある。みんな自分が必要としている機能を作ったらいいんだ。
これからはプログラミングの技術が大きな力を持っていた。それだけに大きな壁でもあった。これが取り払われ、重要なのは機能についてのアイデアである、という世の中になっていく。時代は変わりはじめている。
休養も大切な時間
小説制作もAIも飽きた。何をしたものかと思うけど、今は刺激を求めず雨音でも聞いているのがいいのかもしれない。
ひらめきから始まる――
ドリア鳥というのが思い浮かんだ。食べるとドリアの味がする。ここで疑問が生まれる。ドリアの味とはどんなものだろう。素のドリア。ザ・ドリア。今では様々なレパートリーが生まれ、◯◯ドリアはいくらでもあるだろう。しかし単にドリアと呼ばれるものでも味にいろいろな違いがあるはずだ。
ドリアの起源をさかのぼってはどうだろうか。ドリアがただのドリアであった頃のドリアだ。しかし原初のドリア――今のドリアとは似ても似つかないナニカ――が生まれてよりそう時間が経たないうちにレパートリーは増えたかもしれない。
それでいてドリアという枠組みを維持し、しかしドリアという枠組み自体が変遷を経てきた。現代の我々にとって素のドリアと言えるものは存在しないのかもしれない。
というのをChatGPTに投げた。なんとなく投げた。その話の流れで、物事はしばしば核心となるソリッドが存在するのではなく、様々な概念やイメージの総体のなかにある実在はしない重心を指して素のドリアと思っているような部分があるとなった。
これは僕が小説制作の中でキャラクター設定をするときに感じているものだ。趣味や口癖を設定していってもイメージは固まらない。それよりケーススタディとして状況にどう反応するか、というのに想像をめぐらせるとキャラクター像が見えてくる。
このケーススタディをChatGPTに出題してもらうためのプロンプトをChatGPTに作ってもらった。非常に有用な時間となった。
得られるかもしれないもの
午前中はボヤボヤしていたら前述を思いついて有益な発見につながった。そのことで午後はなんだかやる気が出てきていたけど空回りした感じだ。
しばしばそういうものだと思うけど、成功をつかもうとするとつかめない。好きなことをやっていると気づいたら何かをつかんでいる。それは成功ではないかもしれないけど、本人としては満足いくことだと思う。
しばしば。
そういう意味で午後は功を焦った。ボヤボヤしているくらいがいい発想を得られるんじゃないだろうか。やっぱがっつくとダメなんだ。がっつく男は嫌われると言うし。でもこれについては引っ込んでばかりだと得られるものがない気がする。まぁバランスだね。
しかし何もなかったというわけではない。
両親が出かけて帰ってきていて、なんだか意気消沈していた。父の携帯を解約するという流れでパートナー契約?みたいなので母の契約も連帯していたらしい。そこで母も一緒に行くことになったのだ。
僕の予想だと母もスマホになっている。母は近年は危険から遠ざかろうとする傾向が強い。スマホという未知のアイテムは敬遠していた。そのあたりのいろいろで母が不機嫌にでもなったんじゃないだろうか。知らんけど。
意気消沈していたから聞けなかったから。で、母がスマホになっていたときを見越してスマホの画面を拡大する方法とか長押しのタイミングを長くするとかいう方法を調べていた。金がないのでAndroidであることは間違いない。調べるのは難しいことじゃなかった。
いちおう覚えておいて、どうなっているか。それはこれからのお楽しみ。上手くいけば母からの信頼を勝ち取れるかもしれない。金を無心しやすくなるということだ。素晴らしい。