cdnjsjsDeliverunpkgSelf hosted

カメリアの記事

意味があることやないことを綴ります

日記 - 2024-09-23 イマイチだった

3時半に起きた。なんとなく体が重い。頭は混乱しているみたいに物事がよく分からない。濃いコーヒーを飲んだ。しばらくしてスッキリしてきた。頭痛が煩わしいから鎮痛薬を飲んだ。

めっきり涼しくなって昨夜は窓を開けて寝た。今季初だ。虫の声が聞こえて風情がある。

お漏らしした。筋肉を弛緩させる薬のせいだと思いたい。パンツは扇風機で乾かした。なんかもう下が弱くていけない。

リンゴ酢と砂糖水を飲んだ。ちょっとは意識がハッキリするはずだ。

昨日あたりから右耳が腫れている。耳たぶに脂が溜まるので絞り出すんだけど、そこから細菌感染したみたいだ。首のほうまで腫れているのはリンパだろうか。アクアチムクリームを塗ったなんかしている。

伏線の日々

小説制作していた。百合のやつだ。伏線を張り終えた。リストアップしておいた伏線要素をプロットに挿入して反映させる作業だった。割と適当になってしまった。でも脳内はかなり混乱してしまっていて、同じ作業に忌避感がある。

次は伏線に似ているものでヒントの配置がある。伏線は回収に向けた謎の提示なんだけど、ヒントは謎を解くためのカギだ。あまり違いが分かってないけど作業していれば分かるだろう。でも伏線の作業でうんざりしてしまって、ヒントも本当にやるのか?という気がしている。時間をおかないとな。

スタートライン

op: 3 title: 太陽 technique: パステル

小説制作に飽きたから絵を描いた。描きたいものが決まっていたわけじゃないけど、なんとなくでやった。

長時間熱中できればいいのだけど、まだそこまでじゃない。今は描くことの楽しさを発見する段階だ。できるだけ1日1枚は描いて、慣れつつ楽しくなっていきたい。もしかしたらパステル画は僕に向かないかもしれないし。他のことにも気を配ったほうがいいかな。

それにしてもパステルはカスが出ていけない。特に重ね塗りすると元々あるやつが削れてカスになる。気にせず吹き飛ばしているけど。

小説制作では20万文字書くまでは我流だった。学ぶ気はなかった。単に書きたいように書いていた。そこから紆余曲折を経て50万文字書いて今がある。絵もそんなところがあるんじゃないだろうか。よほど描かないと上達するラインに立てない。

眠い

フリーライティングでもしようかと思ったけど何も思いつかない。ネタ自体はChatGPTに出させたんだけど、それについて思い描くことができない。喊声が沈んでいる感じだ。どうしたものかと思っていたけど、眠いことに気づいた。眠かったのかな。濃いコーヒーを飲んだ。Perfumeをかけた。それでも眠い。筋肉を弛緩させる薬がまだ効いているんだろうか。昨日の朝から飲んでいないはずなんだけど。まぁいろいろあるかぁ。

小説制作

小説制作していた。お転婆のやつだ。眠気が残っているうちから少しずつやり始めて、しばらくしたらスッキリしてきた。

サブキャラのプロットを作ってから、プロット概要を作っていた。サブキャラのプロットから影響を受ける形でメインプロットがつながっている。このあたりの調整が難航した。概ね形になったところで昼食の時間となり、今は食後の休憩中だ。午後も進められるといい。

百合のやつは朝方にややこしい設定をしていて辟易している。じわじわ進めてもいいのだけど、この辟易感を引きずって作業すると、すっかり飽きてしまうんじゃないかと思ってあえてやらない。明日には気分も変わっているだろう。

心が充実しているんだろうか

今日はXを魅力的に感じない。なんとなく、他人がどうであるのかは興味が湧かない。しばらく眺めていると動物の動画とか流れてきて面白さを感じたけども。でもまぁ個人が個人の事情をポストしているぶんはどうでもいいかな。小説制作に関わるものなら気になるけど。

いましめ

何か説があるとき、例外を持ち出して反証にすることがある。僕もやっていたし今もやるかもしれないけど、いけないことだな、と。この手口は詭弁で詐欺だ。唱えられている説がいかなる場合も完全な必要がある場合は別だけど。

午後

スッキリしない。曇ってきたからだろうか。そうでもないか。何か口に放り込みたい。食べるといかんのでタバコが捗る。読書は飽きてしまった。ネット小説を漁るのもいいかもしれないけど、なんとなく気乗りがしない。Xすると時間がムダになりそうでイヤな感じがする。小説制作は気分じゃない。疲れたのかもしれない。

気乗りがしなくても何かしないと退屈だし、ということでネット小説を漁ってみた。思わしい結果ではなかった。気分が低下した。

目的意識とやりやすさ

パステル画と、なんとはない落書きをしてみて思った。なにかしら目的があると活動に取り組みやすい。

パステル画は多少なりともいいものを描く目的があるのでやりやすい。落書きはさしたる目的もないので描こうという気が起こりにくい。小説制作は活動自体が楽しいんだけど、一応いいものを書こうとのお題目がある。

ただ逆にやる気のハードルは上がる。やる気が低いときは楽な活動がやりやすい。

なんか、普通のことのような気がしてきた。この文章に意味はあるんだろうか。