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カメリアの記事

意味があることやないことを綴ります

日記 - 2024-09-18 まあまあの日だった

4時に起きた。若干お漏らししつつ、スッキリ起きられた。だけどまだ調子のあたりが出ない。いつものことだけど。コーヒーとか、砂糖とリンゴ酢で作ったリンゴジュースを飲んだ。元気ができた。

程よい負荷

小説制作している。百合のやつだ。伏線を張っている。伏線は難しい。伏線とは謎を仕掛けることだ。伏線回収のときに解ける謎を。なかなか思いつかない。今回は特別に難しいのかもしれない。制限がキツくて上手くいかなくて。苦戦している。

この苦戦がなかなか手応えがあるというか、かみ応えがあるというか、困難だから面白みがある。もうちょっとサクサクできてもいいけど、たまには難しいことをするのもいい。文中に「苦」の字が出ているけど苦しいというわけではない。まだ余裕がある。朝だし。今は気分転換がてらこの日記を書いている。

そうじ

ヤニ耳なので耳掃除は綿棒にエタノール染み込ませてやってる。その後でから拭きする。

おじさんの成長

最近の僕は少し具合がいい。心に余裕があって、物事を穏やかに観察できる。自分がコンプレックスを刺激されてカッと来ているのとかが見える。カッと来ているときは言動に不自由があって、カッと来た言動をとってしまう。ただ、そのことを少し客観的に見られるようになった。

こういう状況になったのは2ヵ月くらい前からだ。急に成長した感じがある。何か切っ掛けがあったのかもしれないけど分からない。人は成長するものなんだな、と思う。

思いきった

百合のやつでファイル名を変更した。これまでファイル名の先頭には作品番号65を意味する\[65\]を付けていた。他の作品とファイルが混ざってしまったとき助かるようにだ。上書き保存なんかしたらファイルが消えてしまう。

でも要らんなぁ、とは思っていた。そしてこのたび削除したのだ。ファイル名一括変換アプリがあるから簡単だ。

話としては大したことないんだけど、僕の中ではけっこう大きな転換だ。これまで65作品でやってきたことなのだし。ちょっと動揺している。

コスパ

ファミチキは230円で30秒しか楽しめない。タバコは1本30円で3分楽しめる。タバコのほうが安上がりだ。ファミチキ食べたい。

海に住む淡水魚

小説を書く人は、思いついたアイデアをメモしておくことが多いらしい。ショートショートの神と呼ばれる星新一も、メモの中からアイデアを探すと書いている。日頃から、不意にアイデアを思いつくことは普通なのだ。

僕は思いつかない。年に1か2回、今日はよく思いつくな、という日があるくらいだ。アイデアは必要になったときに思いつくことにしている。

発想を武器とする分野では数十に及ぶアイデアの中から最高のものを選び出す、というのがよくあるようだ。1つ思いついて満足するのではない。いくつもアイデアを挙げるらしい。洗練されて心に響く作品ができそうだ。

僕は最初に思いついたものを選ぶ。それがダメだと決まらない限り次のアイデアは出てこない。価値を感じないのだ。既に満足するアイデアがあるのに、まだ考えるなんて面倒だ。

他にもいろいろと、僕が普通の小説家でない事例がある。Xでポストされる小説制作ハウツーに僕の性質ややり方は全く当てはまらない。いいことか悪いことかは分からない。特別感があっていいような、水が合わなくて住みにくいような感じがする。

マジックパワー

1日の集中力が4時間分くらいしかない。2時間集中したら4時間は休憩しないとダメだし。精神の体力的なやつ増やしたい。

テキスト入力による気づき

全ての活動に飽きた。小説制作もXもしたくない。と書いていて、最近はネット小説を読んでいると思いだした。

文字にして書き出すには内容がはっきりしていないといけない。それに間違いがあってはいけないとの思いから記憶を精査する。こういう働きによって見落としていることに気づけるのだと思う。

それにしても、この気づき自体をすぐ忘れてしまうのだろう。困ったものだ。

グチが生まれるまで

ラノベを読んでいた。ネット小説に候補がいくらかあったものから選んでいた。そうした間に小説制作にまつわる愚痴を日記に書き、ふさわしくないと個別の記事にし、しかる後に削除した。一度吐き出して時間をおくといいみたいだ。

小説制作では、作品が出来上がっておらず小説サイトに投稿もしていない。制作活動だけでも十分に楽しんでいて満足だ。それでも面白くない思いがあるのには複雑な事情が絡む。

Xで僕のポストのインプレッションは低い。いいねもほとんど付かない。TLに流れてくるのは有用なポストばかりでいいねがたくさん付いている。そうすると僕のポストばかり不当に評価が低いように感じる(事実とは無関係に「感じる」のだ)。著名人なら挨拶しただけで高い評価が得られるのに。

で、「僕への評価は不当に低い」というイメージが僕の中でまん延している。そうすると関係のない小説の自作品まで不当に評価が低いような気がしてくる。これは公開した暁には高い評価を得たい、という希望の裏返しだ。

で、「僕にとって評価の低い小説作品群が好評価を得ている」という状況がある。と来れば憎くもなるというものだ。そこに愚痴が生まれる。

靴のソールは土踏まずにフィットするものがある。せっかく足の形状が土を踏まないようになっているのに、なんで踏ませるんだろう。

娯楽

ゲームという仕組みに興味がない。ゲームに登場する美少女には興味あるけど、プレイすることに関心を持っていない。学生の頃友達にゲーセンに連れていってもらったけど、何をしたいとも思わず困惑していた。

人はゲームの何に惹かれるんだろう?

というか僕はゲームが下手だ。反射神経を要するものや戦略ゲームみたいに頭脳を要するものはダメで、上手くいかないから楽しめない。

RPGは子供の頃熱心にやっていたけど、今では戦闘を繰り返すのをやりたいと思わない。ノベルゲームはなんか知らんけど面白くない。書籍で読みたい。

現実の人とプレイするカードゲームは楽しめる。人との交流があるからだと思う。パソコンでプレイしたいとは思わない。

スポーツを楽しむ精神的な下地はあると思う。これも人との交流が元にあるだろう。ただ肉体的な問題で実際にプレイすると上手くいかなくて面白くない。バットがボールに当たらない!

追伸

ChatGPTに相談したらパステルとスケッチブックを買わされた。ChatGPTは話をポジティブなほうへ向けていって、ゲームが楽しめないなら楽しめることをしましょう的な流れで、質問に答えていったら抽象画を描くことになった。で、Amazonに注文。総額800円の出費だから傷は深くない。

この出費は僕にとって「人生を豊かにする投資」だ。大げさではない。でも世間的には誇大な表現だという気がする。ズレを感じる。