カメリアの記事

意味があることやないことを綴ります

日記 - そこそこだった

2時に起きた。濃いコーヒーを飲んだ。

小説制作をした。op12のプロットは飽きたのでop63を進めることにした。テーマについて考えていた。基本的で潜在的なテーマとしては「最強の主人公が困難を乗り越えることを楽しむ」というのがあって、これは動かせない。僕の心に根ざしたものだ。その上のレイヤーに表面的なテーマを決めようと思っていた。考えようとするんだけど上手く考えられない。考えるための条件がないからだろう。何か条件を決めないと。でもそれがわからない。難しい。

それにしても朝は何か変な調子だな。落ち着かないようでいて眠い感じもする。というか最初のうちはそうでもないかもしれない。わりと張り切ってやっている。元気がいい。いいかな? わからんな。覚えてない。ダメだこりゃ。

わさわさして、すっきりしない。僕の中にある僕の形をした霊体がむずがゆいような感じがする。居心地が悪い。気を楽にしてXでもしようと思う。

Xをしていた。著者と作者の違いについてのポストが流れてきた。著者はノンフィクションや学術書とか、作者は文学や脚本とか、とのこと。「使い方の分かる 類語例解辞典〔新装版〕」というやつに載っているらしい。広辞苑や大辞林にはそういうことが載っていないので、語が持つ元々の意味ではないっぽい。出版業界での区分だろう。

午前中

朝食後に体調が崩れたので横向きに横たわった。回復体位だ。体が楽だ。寝るときはいつもこの格好だけど、意識してなくてわからなかった。あえて感じてみると本当に体が楽。しばらくそうしていた。あまりやる気がなかったので起き上がるのが馬鹿らしくなってしまった。ぼんやりしていたら、そのうち眠っていた。起きたら9時半。

タバコを買いにいった。すっきりと晴れて気持ちがいい。穏やかな日に照らされ暖かだ。空では小鳥がさえずっている。なんていい日なんだろう。これで小説が発行されて売れていたらなぁ。ニートであることが陰りを作っている。さほど気にしてはいないけど、冷たいソリッドとして人生の根底に横たわっている。案外ニートから解放されたら性格が変わるのかもしれない。穏やかになりたい。

読者に憐れみを ヴォネガットが教える「書くことについて」』を読んでいた。快適な環境で具合のいい本が読めて気分がいい。素敵な時間だ。書いてあることは、わかるようなわからないような感じがしている。サブテクストでほのめかしをするだけで次に進んだしまうことがある。アメリカのインテリ女性の仕草かな、と思う。わからんことは、本を読んでいるとよくある。大丈夫か僕。

昼食の待機をしている。料理を作る父がまだ帰ってこない。台所は冷える。家の北側にある。そうでなくてもこの家は冷える。よくわからないけど、外出して帰ってくると妙に冷えているのを感じる。何かあるんじゃないのか。大丈夫か。

父が帰ってきた。機嫌がいい。昼食の量を今後半分にするよう頼まないといけないから具合がいい。でも母とだべってないで早く作ってほしい。僕は食事前は腹がペコペコだ。苦痛に耐え忍んでいる。

午後

ロバート・マッキーの「キャラクター 登場人物の本質と創作の技法」を読んでいる。午前中と本を変えたのは飽きるかもしれないというのと、読みかけだったこの本が読めそうなくらい気分がよかったからだ。現状では小説制作できていないけど、小説制作自体に飽きが来ている気がしていて、精神的な調子が振るわないからではないと思う。まぁまぁいい感じだ。キャラクターに関する本をこれまで読んだことがない。物語制作ハウツー本の中でキャラクターについて書かれているのは読んだことがあるけど、だいたいキャラクターの変化について重視しているものだった。それと比べるといろいろ書いてある。叙情的な記述でわかりにくい面もあるけど、的確なところは的確に書いてあるし、いいんじゃないかな。

疲れた。終了。のんびり過ごしたい。

Xしていた。面白くない。退屈だ。肉が食べたいくらいしか思わない。感性が凪いでいる気がする。

Prime Videoで「戦場のヴァルキュリア」の第1話を見た。退屈なシーンがありそうだな、と思っていたけどだいたい楽しかった。ストーリーがどうなるのかわからないけど、いい作品なんじゃないかという希望が持てる。今日はたっぷりアニメをウォッチリストに入れたので、明日からいろいろ楽しめたらいいな。同じのを続けてみないのがいいんだろう。飽きるから。僕は飽きっぽいみたいだ。

総括

今日はそこそこだった。苦しくなかったので、まぁ、そこそこってことで。