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カメリアの記事

意味があることやないことを綴ります

日記 - 2026-04-29 そこそこの日だった

寝起き

前日の深夜11時半に起きた。ちょっと頭痛。気分はまあまあ。Tシャツとハーフパンツで寝ていて、今はそのまま。窓は二酸化炭素濃度を上げないために開けていて室温は外気温と変わらない。それでも今は寒くはない。

――やっぱTシャツじゃ寒かった。くしゃみが出た。ジャージとジャンパーを着た。

とまどい

読書するのがなんとなく面倒くさい。今朝からドーパミン獲得計画としてToDoリストを書いて達成できたら花丸スタンプを押すことを始めた。読書はその対象なんだけど、そのことを思うと何か忌避する気持ちが湧いてくる。

実行したことを書き込んで花丸スタンプではマッチポンプのようで変な感じがするのかなぁ。もしかしたらこのやり方はそもそもドーパミン獲得計画として適してないのかもしれない。先に読書の項目を書いておいたほうがいいのかな。

本来的でない感慨

仕事と勉強ができる人のリアル「ノート&メモ」術」を読み進めた。読んだところは外科医の手術記録だった。ノートの書き方の参考にはならなかった。それにしても10時間におよぶ手術のあと数時間かけてノートを書くとのこと。時間はもっと短いことのほうが多いだろうけど、たいへんな仕事だ。やりがい搾取になってるんじゃないかと思う。

考察が捗った

毒の科学」を読み進めた。体の中に虫がいる、または入るという概念について書かれていた。いろいろな文明でこの考えがあったとのこと。一見不思議に感じられるけど、動物を解体したときに寄生虫を発見したことなどからの発想らしい。

他には、毒や薬は文明初期には純粋に医療として扱われているけど、文明が進むと支配者階級が管理するようになって、結果として宗教儀式の色が濃くなるということだ。民主主義でないことによる影響だろうか。現代日本では単に医学として扱われるけど、それでも最先端の医療や人間ドックなんかは金銭的に余裕がないと利用できないあたりには、完璧な民主主義でない姿が現れているのかもしれない。もしくは共産主義のほうがそのあたりが平等になるんだろうか。

対立の構図

西欧中世における都市と農村」を読み進めた。都市と農村は対照的になる運命だったように読める。支配と被支配、神聖と非神聖、安全と危険。そして後に都市が宗教に対して無関心になった頃には農村が敬虔になっていて対照する。

現代では都市と農村ではないけど、しばしば極端な対立を見かける。古い時代には距離や空間が対立の地盤になっていたところが、現代では思想や金銭的階級が地盤になっているんじゃないだろうか。社会構造の変化なんだと思う。

この本が初めて役立った

シナリオ構造論」を読み進めた。テーマについての話だった。「愛」とか「友情」とかは観念でありテーマでない、とのこと。テーマには方向性が必要らしい。「無私の愛は美しい」とか「友情も廃れる」とか。もっと長い文章でも述べることができるようだ。

敗戦によって戦争の実態が暴露された結果は、幾多の青年の精神を虚無の底に彷徨せしめ、かつては国家の栄光のために一身を捧げて悔いなかった彼等を、今日は無頼の徒にまで突き落としてしまっている。しかし、この状態は決して長く続くべきはずのものではない。やがて彼等の魂の復活が始まれば、彼等とてもまた、民衆の敵は彼等自身であり、彼等を支配している「顔役」どもであることを自覚するに違いない。青年よ、眼をあげよ、そして希望の太陽を仰げ――。

こういう話を受けて僕が小説制作の根底のテーマとしているものの表現を変えることにした。元は「困難を乗り越えることを楽しむ」だったものを「困難に挑むことが満足のいく人生である」とした。僕以外の人にとってはたいしてなんでもないことだけど、僕にとってはテーマが明確になったとか、僕の価値観をより正確に表すようになったとか、そんな感じがする。

空も僕も暗雲が

朝食のあとウォーキングはしなかった。面倒だった。気分が高揚していない。ひなびている。それにしてもドーパミン獲得計画に暗雲が垂れ込めてきた。ToDoリストにスタンプを押していったらいいよね、という企画だった。しかし僕は達成をあまり喜ばないような気がしてきた。

やったことにスタンプを押していくんだけど、ドーパミンは関係なく、単純にToDoリストとして役立っている。行動の動機になる部分もあり有用ではある。ドーパミンの分泌を促す演出してスタンプを用意したけど、じゃぁスタンプはもういらないし、デジタルでやればいいんじゃないかという……。

天気に左右されてしまう

曇天のせいだろう。気分が停滞している。感情が凪いでいて何にも興味が抱けない、面白くない。楽しくないけど、苦しくもないからその点は不幸中の幸いだ。しかしX眺めてもたいして感じるものがなく、わりとボーっとしているんだけど、無為に時間が過ぎていくのはむなしい。

食べることにだけは関心が持てるので午前中にはファミマでドーナツを買ってきて食べて、食べているあいだはいい気分だった。昼食は久しぶりのスパゲティで堪能した。午後になって感情の凪いだ状態は変わらず、仕方ないから寝た。それで2時くらいに起きた。何度も寝入るのは面倒くさいから今こうして日記を書いている。