小説制作が主たる活動なんだけど、しばしば飽きと向き合わないといけない。作業にすぐ飽きる。同じ作品を続けると飽きるとか、プロット作業ばかりや本文執筆ばかりだと飽きるとか。このうち今問題になっているのが本文執筆に飽きたことだ。
本文執筆しようとすると忌避感がある。思考負荷を倦厭する感情がある。本文執筆がそんなに問題になる意識がかつてはなかった。問題にならなかったわけじゃないけど認識できていなかった。だからこの問題に取り組んでこなかったのだ。
それにしても飽きの最大の原因は思考負荷の高さだ。疲れてしまって嫌になっているんだと思う。なので思考負荷の低い本文執筆方法があればいいと考えた。作品を僕なりにマトモにしようとするから深く考えるのだ。そのあたりを捨てることはできないだろうか。
これはやりがいとトレードオフだ。いいかげんな作品を作ろうとするとやりがいが感じられない。そうなるとやる気が出ないことになる。飽きからやる気が出なくなっていて問題なのに、やる気が出ないという同じ問題に突き当たる。しかし、ここはバランスを取って調整できるかもしれない。
しかし――7年前に同じ問題に突き当たって、ある解決方法を試したことがある。1文書いたら次の1文を5秒以内に書き始めるのだ。5秒は感覚的なもので、まぁとにかく深く考えないで書くというものだった。だけどこれはこれで負荷が高かった。内容はいいかげんになるものの、作業の負荷は下がらなかった。単に真新しい試みだから少し続けられたのだけど。
あー、そう言えば思い出した。最近はエッセイを書くことで別の作業をして飽きの時期をスルーしようという試みをやっていたんだ。小説制作じゃないからイマイチな気分で忘れていた。まぁこの文章からして、なにかしら書こうという試みなんだけど。
じゃぁまぁいいや。エッセイ書こう。ただ問題になるのはネタだ。気が向くネタを見つけるのは難しい。そもそもがやる気が減退しているような状況だから、なんにでも食い付くとかないし。得てして人生はままならない。