寝起き
深夜12時に起きた。頭痛がある。頭痛期に入った。このあいだに神経内科に行かないといけない。面倒だけど診察している曜日とか調べないと。
軽快なものを軽快に
とりあえず、やる気が出ない。頭痛への対処で気が疲れた。こらから30分くらいすると薬が効いてきて、ひとまず頭痛は治まるはずだ。それで一段落して、さらに気分的に癒えてから何か活動ができるかな。
――そして1時半。起きてから1時間半で標準状態になった感じ。でもいつもの読書をする気にならないな。考えてみるとここのところ読んできた「シナリオ構造論」は硬く重い。読むのに情念が必要だ。別の本を考えてもいいんじゃないか、という思いに至った。
しばらく前からサイドテーブルに置いてある「西欧中世における都市と農村」を手に取った。軽い本ではないだろうけど、とりあえず毛色の違うもので誤魔化してみようと思ったのだ。それで2、3ページ読んでみると、腰を据えて読むタイプの本だと分かった。今の気分ではない。
軽い本が読みたい。軽い本は今日届く。「1冊目に読みたい小説の書き方の教科書」だ。今はない。しかし考えてみると軽い本への需要は高いのではないかと思った。気魂のさえない最近だから。他にもAmazonで見繕ってみてはどうかとなった。いいアイデアだ。
さっそくほしい物リストから「仕事と勉強ができる人のリアル「ノート&メモ」術」を注文した。欲しい本はいっぱいあったけど軽い本はなかなか見つからない。あれこれ眺めていると、気分が乗ってきたのか「シナリオ構造論」を読んでもいい感じがしてきた。いい調子だ。
学びがあるって喜びだ
「シナリオ構造論」を読み進めた。シナリオがいかに大切なものかということが切々と語られていて、作者の自意識の発露がはなはだしいと思った。でも読み進めるとシナリオの深淵をのぞかされたような気分になった。
シナリオは小説と違って映像化することが前提だ。そうすると小説とは異なる表現が必要になってくる。本の例を引くけども「彼と彼女はその後も毎日そこで合っていた」という事実を表現するときのことだ。
小説ではそのまま書けばいい。だけど映像にするなら工夫が必要だ。毎日会っている映像を作るわけにはいかない。巧拙は別として例えば露店の店主が「あいつら毎日あそこで会ってるな」などと言うと映像として伝わる。
それで、小説ではそのまま書けばいいと言ったけど、そうでもない場合がある。説明するように書くよりシーンにして描くほうがよく伝わるからだ。これは映像化とほぼ同じだ。重要な事柄を伝えるにはシーンにして描く必要がある。ここに、先は別とした巧拙の問題が出てくる。巧みに描かねばならない。重たい課題だ。
つもり
『キャラクターイラスト基本の「き」』を小説制作向けに書き下した。今日はわりといいことが書けた気がする。これまでのプロット研究の成果を少し出したのだ。物語は複雑だから、関連した要素だけを取り出して検討することが難しい。そのために工夫をするといいという話だ。
メインプロット、サブプロットだけではない。キャラクターごとの出来事を一目で追うことができれば現状の分析が容易になる。また、ストーリーには前振り・本番・フォローという構造が有用で、これも一目で分かると具合がいい。
これらの視認性を確保するための、僕がやっている方法は書いていない。ややこしすぎて一般ウケしないだろうから。でもエッセンスとして「記号で分かりやすくする」のようなことは書いた。あとは各自の工夫次第だ。
朝食前後
4時半。疲れているし、することはない。寝るのが一番だけどそんな気分じゃない。朝食の時間までXしていた。朝食が済んだらDiscordの小説制作者サーバに話題を書き込んだ。書き込んだと言っても僕は用心深いので手元のテキストエディタに文章を作ってからコピペした。だいたいいつもこれだ。
それでこれから小説制作するのが望ましいけど最近は飽きた感じがしていて他のことがしたい。でも他のことも面倒なんだよなぁ。Xを眺めるというところに落ち着かざるを得ない。
設定は沼
Xを眺めていたけど小説制作に関して設定が気になりだして表示した。そこから設定の沼に沈んでいった。設定の変更と、それにともなう新しい設定の追加、以前から設定するのを放置していた物事の設定を整える必要も出てくる。設定から抜け出せない。
久しぶりに読書に熱中した
午後は届いたばかりの「1冊目に読みたい小説の書き方の教科書」を読んでいた。4時までくらいのところで3分の2くらい読んだ。早朝枠に軽い本が欲しいという流れで買った本だけど、なんか面白くて読んでしまった。本当に初心者向けで上っ面をサッとなでたような本だけど得られるものはあった。僕の弱点が突きつけられた感じで非常にけっこう。精進あるのみ。