寝起き
前日の深夜11時に起きた。気分はそこそこ。調子はそこそこ。微弱な頭痛。耳鳴りは標準装備だけど、昨日鎮痛薬を飲みまくったから影響が来ているかも。寝起きは新鮮な気持ちだし、今日という日への希望が漂っている。いい時間だ。
窓を開けていると身が引き締まるくらいには冷えている。明け方には寒くなるだろう。4月も下旬になったけど暖かくなりきらないものだな。
3時間
早朝枠は読書なんだけど飽きた気分だな。これは思考負荷への忌避感なのか、本当に飽きているのか。本当に飽きていたとして、それも結局は繰り返される思考負荷への拒否反応なのか。サッパリ分からない。ただ読みたくないことだけが事実だ。
かと言って小説制作するのも面倒に感じるし、プログラミングも面倒だ。今はなんにも面倒なのかもしれない。どうしたものかな。ここのところ小説制作も滞っているし、精神的に調子が下がっているのかなぁ。そういうときは、そういうときなりに過ごさないと。
しかし、多少はあらがいたい。アンビエントなBGMをかけてコーヒーを追加してみた。しばらくしたら気分が変わっているかもしれない。コーヒーは飲んですぐ苦みや風味に影響されて気分が変わるのと、15分くらいでカフェインが回って気分が変わるのとある。
それでしばらく待ってみたけど何も変わらない。ダメだこりゃ――と、そんなこんなで2時。ときおりXを眺めたりしつつ、おおよそただ「いる」だけで過ごしていた。こんな時間に起きて何もしないなんて変な感じ。でも睡眠量はそこそこ確保できているし、起きていて変ではない。
ちょびっとだけやった
気づけば読書をしてもいいような気分になっていた。読まない手はない。「シナリオ構造論」を読み進めた。だけど途中で読み飛ばした。撮影技法について細々と語りだしたのであきれてしまった。何がシナリオ構造論だ、という気分だ。それでようやくシナリオの話になったのは99ページからだ。なんか疲れた気分なので今日はここで終了した。
この「シナリオ構造論」は昔の本なんだけど、昔の本は必要なことのみを書くような洗練がない。語りたいように語っている。パソコンなんかで編集ができるでもないし、きっとシナリオの他でプロットを作るようなことがなかったんだろう。野性的だ。
それにしても疲れた。いつものように『キャラクターイラスト基本の「き」』の書き下しをしようと思ったけどその気力がない。この作業にはかなりの思考量を要する。たまには休んでもいいだろう。
個人的な事情
それにしても小説制作は面倒だな。飽きた。他のことがしたい。かと言ってプログラミングをするほどのやる気はないんだよな。あれはやり出すと何日もかかったりする。プログラミングは強く集中してしまうので寝食を忘れたような感覚でやってしまう。あれは疲れるんだよなぁ。そんな元気はない。
しかし小説制作が面倒というのは、やっぱり思考を忌避しているんだろうな。考える元気がない。人間は考えるアシと言うくらいだし、考えることをしなかったら役立たずだ。それでは困るんだけど、困るからといって状況が変えられるでもなし。いや、しかし困った。
ウキウキお買いもの
アウトプットに思考を要するからいけないのかと考えると、じゃぁインプットしようとなる。未読の本はいくらでもあるけど興味が湧くものはない。新しいのを買おうとなる。それで「1冊目に読みたい小説の書き方の教科書」を注文した。基本的な内容のような気がするけど、僕は基本から学んだわけでもない。こういうものからも得られることがあるだろう。明後日の早朝枠から読める。楽しみだ。しかし今日これからは何をしようなぁ……。
テスカトリポカのNG
5年前のオール讀物を手に取った。本の整理をして捨てようとした。でもなんとなく中身を読んでみることにした。テスカトリポカが掲載されていた。読んでいた。不思議なことだ。僕は基本的に中世ヨーロッパ風ファンタジーにしか興味がない。それに難解な純文学なんて面白いわけがない。だけど読んでいた。
話はズレるがこのセクションの文体はテスカトリポカに影響されている。「~た」で終わる文が多い。
閑話休題。読書の新しい扉に行き当たったような気がした。娯楽ではない文学の楽しみ方というのがあるように思った。僕にとって新しい概念で、今もよく分かっていない。だけど胸はずむ話ではないのに読書という行為を、これまでに感じたことのない楽しさでもって実行していた。
今この文章を書きつつ、その楽しさを再び手にしようという気は起こらない。あんな落ち着いた状態は、少なくとも昨今の僕の感性に合わない。3ヵ月くらい前に精神的な調子がよくて気分がエリートになっていた頃なら違っていたかもしれない。まぁ、いろいろある。
それにしても面白い現象に行き当たった。読んでいたテスカトリポカが急につまらなくなった。読み飛ばした。そこまで常に予想できない展開が続いていた。それはまぁ普通の文章だ。だけど、作中で人物が種明かしをするというシーンで「ドラマのマネだ」というようなことを言った。それに続けてドラマの説明が入ってくる。そこでつまらなくなった。
説明の内容が予想できたからだ。「マネ」と言っているのだから、これから説明されるドラマと同じ行為がすでに描かれている。それにドラマの説明がされることが分かっている。読んでいないから実際には分からないが、何が書かれているかだいたい分かってしまった。僕にとって絶対的なNGだった。自作品でやらないように気をつけようと思った。
ありの~ままの~♪
朝食して朝寝して、さて何しようというところ。小説制作したいけど面倒でいけない。先日から加入しているDiscordのサーバに話題を投げたりした。ふと気づいたけど、そういう小説制作の話題みたいなのをエッセイにすると需要があるかもしれないなぁ。いや、というか僕が楽しめる可能性が。
――ということでNotionで記事を書く場を準備した。それで満足してしまった。もうやりたいことがない。ただ存在しよう。
グチになってしまった
「ルドルフとイッパイアッテナ」を読んでいた。退屈しのぎに読んでいた。この作品を読んでも退屈だと分かっていたけど、元々退屈な僕には救いになると思ったのだ。だけど退屈だった。この作品は僕の好みには合わないらしい。
好みとはなんだろうか。「ルドルフとイッパイアッテナ」は大勢が読んでいるだろう作品だ。大勢にとって読むのを中断するほど退屈ではなかったのだ。楽しめた人もたくさんいるだろう。だけど僕には退屈だ。僕の好みにはウンザリさせられる。狭すぎるのだ。手に取るもののほとんどが好みに合わない。最初はよかったものもすぐに飽きてしまう。だから自分で書くわけだけど、自分の作品が読みたいわけじゃない。