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カメリアの記事

意味があることやないことを綴ります

プロットとは(僕の話)

過小評価

僕にはプロットを過小評価している時期があった。プロットを使う気がなく、プロットについて何も知らず、だけどなんとなく興味があった時期だ。自分の創作スタイルを否定する脅威にも感じていただろう。

だからプロットを都合よく過小評価して価値のないものと決めつけ、自分が使うに値しないと思っていた。そうやって安心したかった。今になって思えばそれら全てが間違っていた。しかも当時の僕の創作スタイルにはプロットにのめり込む萌芽があったのだ。

プロットとは

プロットにはいろいろな次元のいろいろなスタイルが存在する。覚え書き程度のものもあれば、物語の全体像から文章表現に至るまで設定するものもある。あらすじのように文章で記述するスタイルもあれば、箇条書きや箇条書きの応用のようなスタイルもある。千差万別だ。

これらのうち僕のやり方は詳細に設定するほうに片寄っている。それを基準に話をしたい。

プロット作成は物語を作る作業だ。頭の中にあるものを文字にするのではなく、キャラクターの試練を中心に諸要素を作り出して配置する。頭の中に思い浮かんでいるストーリーがあるとしても、そのままプロットにすることはない。面白いことが最重要なので面白くなるように配置する。

また、プロット作成は「物語 = 記述すべき物事」を設定する作業だ。それに対して本文執筆は記述する作業だ。記述には表現力が求められる。しかし文章表現より前の段階にある、ストーリーとしての表現はプロット作成で行う。プロット作成は本文執筆と両輪をなすクリエイティブな活動だ。

僕的なプロットの誤解

プロットはしばしば「骨格」と表される。しかしそうではない。プロットとは全裸の人間であり、装いが文章だ。プロットには骨格もあれば筋肉も内臓も皮膚もある。裸の、素の、物語だ。これに服を着せて他人に見せるに足る状態にすることが「文章で表現する」ということになる。

また、プロットは本文執筆のとき迷わないための「地図」とされる。しかしそうではない。作者にとっての最適解が描き込まれた「経路図」だと言えるだろう。本文執筆はその経路を実際に、どうやって進み、どんな景色を見て、どんな心象を抱くかを描くことだ。

プロットの実際

僕のプロットは2種類ある。概要プロットと詳細プロットだ。前者は文庫1冊10万文字くらいの長編の全体を構成するもので、後者は30分アニメ半話~1話分くらい3000~6000文字のエピソードを構成するものだ。

概要プロットではキャラクターごとのプロットや、伏線その他の構造を作るのに適した書式になっている。全体を含むひとまとまりのプロットからキャラクターごとのプロットを抜き出して表示するための記号を記入するなどして工夫している。伏線その他の構造についてはGitHubのここにまとめている。また概要プロットの例として、現時点で作りかけだがGitHubで公開しているので参考までに。

詳細プロットは今現在は模索中だ。脚本術の本「ストーリー」から得た知見を生かして、以前とはずいぶん様相が変わってしまった。シーンごとに主人公の欲求を定めたり、読者の感情的な善し悪しがプラスに動くかマイナスに動くかを考慮したりする。また、キャラクター同士のやり取りに意外性を持たせたり、前のやり取りが次のやり取りの伏線になるよう配慮したりしている。このプロットもGitHubで公開している。

おわりに

僕が誤解しているにせよ、僕のなかでは以上のようなものこそ本当のプロットだ。プロット作成は大変だからプロットなしで本文執筆ができればそういう作品も並行して進めたい。本文執筆の楽しみを得るために。だけど僕はプロットなしでは本文が書けない。

僕は表現者ではない。制作者だ。アーティストではなくクラフトマンだ。制作することが好きだけど表現したいものがあるわけじゃない。だから表現するための物語を別途作らないといけない。それがプロット作成の作業だ。

世の中にはいろんな事情の人がいると思う。自分が何をしたいのか、何を望んでいるのかを正確に認識することでよりよい創作活動ができると思う。