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カメリアの記事

意味があることやないことを綴ります

日記 - 2026-01-18 そこそこの日だった

寝起き

深夜12時に起きた。どことなく、現状を理解できていないような感覚がある。目が覚めてないんだろう。

性の問題

サブテキストで書く脚本術 (映画の行間には何が潜んでいるのか) 」を少し読み進めた。物事による比喩で性的なことを表現する、という話だった。

性的でない比喩というのは例えば生けられたヒマワリが登場して夏を表していると言われても分からないものだけど、性的な話は分かりやすい気がする。それっぽいものは全て性的な意味なのだ。棒状のものが出てくればなんでも男性器だ。頭の中がピンクなんじゃないかと思ってしまうくらいに。

僕も自分の小説作品で「男性と女性の騎士が戦って敗北し倒れた女性騎士の股間近くの地面に剣を突き立てる」というシーンを書きたいとずっと思っている。セックスと言えば男性が女性を征服するような含みがあるし、象徴的で具合がいいかな、という気がしている。

でも、作品のなかで無節操に性的な文脈になっているとあきれが出てきて雰囲気が壊れるように思う。僕はシリアスに読みたいので滑稽さが感じられるのはうれしくない。

小説制作作業のほうが多かった

ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則」を読み進めた。これまでに書かれていた技術を使って実際のシーンを読み解いていくセクションだった。具体的に何について見ればいいのかが書かれていた。

この本を参考にして自作品のシーン設計に使うためのテンプレートを作っていたんだけど、そこに挙げた項目に不足があったりしたので変更作業をした。妙に時間がかかった。本の内容と僕の制作方法のすり合わせをするのに考えることがあった。ついでにつまらないこだわりに時間がかかった。これが一番大きいかもしれない。

それで読み進めたんだけど、この著者の解説があまりにも大げさだ。ちょっとした言葉で非常に極端な意味を読み取っている。日常生活でこんなことでは、いちいちショックを受けてしまって生きていけない気がする。それともナイーブかつタフなんだろうか。

なきごと

朝食のあとはホント振るわない。やる気がすっかりなくなってしまう。小説制作の画面を出しても考える気にならない。遠いことのように感じる。縁のない、相対性理論の式が書いてあるみたいな感じがする。

昨日「小説制作に飽きているから気乗りのすることを探そう」という答えが出ているけど、気乗りのすることというのがサッパリ分からない。エッセイをせっせか書く時期があるけど今は全然気が向かない。

プログラミングはすることがあるけど面倒くさい。っていうか思考が面倒くさい。思考が面倒くさいってなんだろう?

驚きの結果

食後やる気がなくなることについてChatGPTに相談してみた。いろいろたずねられて答えていって、なにやら回答を得た。食事によって副交感神経が優位になっていて前頭葉が働かないとか。運動するといいというのでエクササイズバイクを全力で6秒くらいこいだ。そうしたら急に小説制作できるようになった。びっくり。

もっと早く相談すればよかった。かかりつけ医に話したことがあるけど、これと言って返答はなかった。かかりつけ医は心療内科で、ChatGPTが言うには自律神経を扱う内科がいいとかなので分からなかったんだろう。

こういうことを踏まえると、受診先の科を選ぶのにまずAIに相談するのが正解だと思う。

思いどおりにはいかないもので

昼食したらまたやる気がなくなった。エクササイズバイクをこいでみたけど効果がなかった。午後はダメなのか、そもそも運動してやる気が出るのは間違いだったのか。前者のほうがマシだな。そうであってほしい。そならまだ午前中は制作活動できるわけだし、午後もそうなる可能性が残っている。はてさて。