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カメリアの記事

意味があることやないことを綴ります

日記 - 2026-01-17 そこそこの日だった

寝起き

前日の深夜11時半に起きた。1時間くらい机に着いて寝ていた。今朝はちょっと寝ぼけている。コーヒーを追加した。

何しようかな。なんとなく、いつもの小説制作ハウツー本を読むのは飽きた気分だ。他の本を読むか、小説制作するか、それともX……。

今このときを

タバコは1時間に1本を基本としている。2本になることもあるけど、可能な限り1本に収めようとしている。そんななかで、あと3分で次の1時間が来る、というときがある。何をしようもないので3分間じっと待つのだ。この時間がもったいないと思う。

「待ち時間」というのは生きていくなかで何度も訪れる。有意義な活動をして待てるならいいけど、じっと待っていたり暇つぶしをしていたりというのは、どうにももったいない。限られた人生の時間をそんなことに使うのは手持ちの金を少しずつ捨てるようなものだ。

ただ、ここで「もったいない」という考え方がもったいない、と気づいた。全ての人間の究極目標は幸せだと思う。幸せというと穏やかにぼんやり過ごすことだと思う人もいるようだけど、ここで言う幸せとは「満足」と言い換えてもいい。もろもろの事情をひっくるめて総括的に満足であることが重要だ。

で、つまり僕らは有意義な時間を過ごすと言うより「満足な時間を過ごす」ことこそ目指すところだ。じっとしていても暇つぶしをしていても満足だったら十分なのだ。

僕は生き急いでいて時間がもったいないとか考えてしまいがちだ。それより心をゆったりとして、いろいろな「今」を楽しむべきだ。どうやったらそんな心境になれるのかは分からない。でも「今を楽しむ」ことに注意を払って過ごしていたら、そのうち自然と今に満足できるようになる気がする。

謎多きサブテキスト

サブテキストで書く脚本術 (映画の行間には何が潜んでいるのか) 」を読み進めた。メタファーについて書かれていた。ザックリ言うと比喩だ。この本は映画についての本なので文章表現の比喩ではない。映像で使われる比喩についての話だった。

例えば平和の象徴としての白いハトであるとか、自分自身や自分の対極を意味する鏡であるとか。物の他にも行為が意味する比喩であったりいろいろあるようだ。僕はこういうのに疎い。そもそもサブテキストというやつに疎いのだ。物事を正面からしか捉えられず裏の意味に思い至らない。

僕の小説にいろいろなサブテキストを盛り込んだら奥深い作品になるんだろうと思うけど、難しいなぁ。誰かの言葉の裏にある意味に、後になってから気づくこともあるから、小説にも時間をかけて盛り込んでいけばいいのかもしれない。

思い出したけど、しばらく前に作品に盛り込もうというアクションをしていた。そういった諸々から思い至るに、サブテキストを盛り込む作業の骨組み、フレームワークを作ったらいいとなった。僕がサブテキストを自然に使えないから、そういう作業のテンプレートみたいなものがあればいいような気がする。別途時間を取って考えてみよう。

知見を得たサブテキスト

ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則」を読み進めた。またサブテキストだ。今度はセリフのサブテキストの話だ。著者曰く「言葉には裏表がある」のだそうだ。分からないでもない。例えば僕が母に天気についてたずねるのは、天気が知りたいのではなくて、なにかしら会話がしたいという心理がある。

僕の作品は事実について話すことがほとんどだから言葉の裏に何かあるわけじゃないと思っていたけど――

北風吹きすさぶ曇天のような無彩色のつぶやきをこぼした。

――などとセリフを修飾するのは文面に表れる言葉以上の情報を伝えるためだ。それがサブテキストなんだろう。自作品を読み返してみると含みのないセリフも出てくるけど、含みのあるものも多い。そういったあたりなんだろう。今までサブテキストが分からないと思って困惑し続けてきたけど、分かった気がする。

サブテキストについて本で語られるとき発言やセリフとして表現される。これが僕には分からなかったのだ。僕は人の言葉から感情や心理を感じる。感情や心理はセリフの形で表現されないからマッチしなかった。そんな気がしてきた。

推せるときに推せ

朝食のあとは思いのほかやる気があった。だけど少しのあいだダラダラしたかった。Xをやり始めた。しばらくするとやる気はなくなっていた。思考がおっくうだ。小説制作でプロットや本文を入力する画面を思い浮かべると忌避感が生まれる。飽きたんだと思った。

他のことをするのがいいと考えた。ホワイトボードになにやら書き付けながら考えた。行き着いたのは「気乗りのすることを探せ!」というものだった。だけど見つかるはずがない。論理的に導けないことだ。総当たり戦でやっていくしかない。それは不可能だ。人生という長いスパンで挑むことだ。諦めてXをすることにした。

生活を豊かにするには費用が必要だ

ホワイトボードを使ったときに押すと滑ってズレてしまう。滑り止めクッション?みたいな発泡ウレタンみたいなやつを脚の下に敷いているけど効果がない。仕方ないのでAmazonで探すことにした。

まず車輪止めを思いついた。ホワイトボードには車輪が突いている。「車輪止め」で検索すると思ったとおり自動車用のものがトップに表示された。少し下がるとキャスターストッパーというのがあった。そこでキャスターストッパーで検索し直して、サイズを見て注文した。また金が出ていく。

トロージャン

午後はわりとやる気があった。小説制作に取りかかって、なんとなく書式が気になって編集し始めた。その過程で正規表現が分からなくて苦労した。正規表現は高度な検索をする式だ。いくらやってもダメで、結局諦めた。

そもそも正規表現を使わずとも問題ないことが分かり徒労に終わったことを知った。それでも得られたものがある。何も気にせず入力すればいい、ということだ。思ったことをそのまま、書式なんか気にせず書き込んで、見えるべきものが見えてきたところで事前に決めていた書式にすればいい。物事は難しく考えないほうが楽なことがある。今回はそれだった。明日はなんとかして進めたい。