寝起き
深夜1時に起きた。最初は前日の深夜1時に起きて机に着いたけどそのまま寝てしまった。夢で岸田元首相と大規模な工事現場を自転車で通った。大規模な工事現場は繰り返し見る夢のモチーフだ。ChatGPTに相談したら小説制作で新しい領域にいるというような話になった。なるほど納得だった。
1時に起きてすぐビニール袋の服の2号を作った。1号は破れてしまったし小さかった。45Lだったのを90Lに大きくした。
それにしても読書は飽きた。小説制作を再開しようかな。もっと前向きな気分になって始めたかったけど、こういうのもありかもしれない。
久しぶり
小説制作で百合のやつのプロットの整備をした。昨日読んだハリウッド脚本術の本にあった「価値要素」という概念を取り入れて項目を設けたのだ。その他の項目の整理もやってスッキリした感じがする。ただ小説制作の進捗は全くない。
「価値要素」というのは読者として気にかかる物事のことだ。主人公の身に起こることがメインになる。主人公が空腹のときは「満腹感」という価値要素がマイナスになっている。チョコを一欠片食べるとマイナスが少しマシになる。こういうことだけでも「価値要素に変化があった」と見る。それからカツ丼を食べると価値要素はプラスになり、読者は安心するわけだ。
これと似たような概念で「キャラクターの欲求が満たされるかどうか」という指標が元々あった。これをどう分けるのか、何が違うのか、そういうことを考えているうちに「キャラクターの欲求が満たされるかどうか」は読者にとって直接的に関係ないと気づいた。ほぼ同じ概念ではあるけど、キャラクターが破滅を欲しているとき読者が破滅を願うかというとそれは違う。ここには微妙な違いがあるのだ。
なんとなく思い返していた
「つまらん」が口癖のような子供だったらしい。そのことで両親や祖父母が、家庭環境や教育方針に問題があるんじゃないのか、精神的に何かあるんじゃないのかと考えて手を打たなかったのは、無知蒙昧な庶民だったというのか当時の世相だったというのか。
自発的なものがなかったんだと思う。元々の性格かもしれないし、何事も父が決めていたことが影響するのかもしれない。わがままを言わなくて手のかからない子供だったらしい。
あの当時からもっと周囲に興味を持ってマンガや本を読んでいたら、僕は今より深みのある人間になれていた気がする。そういうことについて恨みがましい気持ちがある。それは薄いもので、例えば「あのときクジの右を選んでいれば商品が違っただろうに」なんていう程度のものだけど。
とは言えぼーっとしてばかりいたのではない。マンガや本は読まなかったけどブロックを組み立てて遊ぶのに熱中していた。簡素なものだったから年齢のわりに単純過ぎたかもしれないけど、あれは何かの役に立っているだろうか。役に立つことばかりがいいわけじゃないし、人生にいいも悪いもないけどね。
備えあれば憂いなし
台湾有事は確定的な未来だろう。仮に台湾が落ちたと考えると次はどこだ、という話になる。日本は台湾に加勢せざるを得ない。台湾を巡って戦争をしているうちは日本本土が戦場になることはないのだから。
そういう危機的な状況を考えると、中国の会社が作ったコンピュータ関連製品を使い続けることにはリスクがともなう。爆発することはないにしてもパソコンがクラッシュして動かなくなるくらいは想定すべきだろう。
思えば僕も中華製品を使っている。愛用してきたノートパソコン「ThinkPad」は中国企業の製品だ。液タブはXP-PENでこれも中国の企業だ。他にもキーボードと、モニター切替器と、自作パソコンの部品と、サブスマホが中国製だ。来年のうちくらいに全部買い換えるつもりだ。
もう一つパソコンに残る中華製品のデバイスドライバーが気になる。機器が接続されてないのにスタンバイすることはないと思うけど、可能ならWindowsのクリーンインストールがしたい。先日別のパソコンでやろうとしたらWindowsのライセンスが失効してしまい悲惨な目に遭った。そのあたりは新たな出費を考えておく必要があるかもしれない。
両親が使っているノートパソコンもThinkPadなんだけど、両親は危機感が薄いから買い換えようと言いだせば難色を示すかもしれない。中古で3万円くらい。貧しくて厳しい。僕に被害がないうちは放置しようかという気がする。本当なら台湾有事でパソコンの値段が上がる前に買い換えるのがいいんだけど。余裕があれば手を回すか。
結局そこか!?
小説制作の続きをやった。プロットの書き方を変更する作業で、行程は全く進んでいない。だけど大変頭を使ったらしい。むしょうに甘いものが食べたくなった。食パンに砂糖をはさんで食べた。炭水化物と糖のベストマッチがすさまじい美味しさを出していた。それで無になった。何もいらないし、何もしたくない。苦しくはないけど、心地よくもない。無だった。
そのあと罪悪感が湧いたり運動して暑くなったりして、しばらくして落ち着いた。わりと何もしたくないけどまぁまぁ普通だ。
それにしても無になったあれはカタルシスだと思う。精神浄化。物語で苦難の末に栄冠を手に入れたときの感動だ。苦しめられた仇を倒したときの感動とも言える。でも物語で言われるところの普通のカタルシスは無になったりしない。感情があふれる。何が違うんだろうと思う。
これを解明したとて僕の小説制作の役に立つ目処はないけど、何かヒントが得られるような気がする。ならばぜひ解明したい。とは言え糸口もつかめない。こういうのはChatGPTかなぁ。