寝起き
深夜12時に起きた。わりとスッキリしている。エアコンをつけたけど温風が出ない。しばらくしたらやっと出てきた。
反省
先日、管理者をしているLINEオプチャを削除したことについて、削除はいけなかったと思い至った。僕は状況がグチャグチャになると放り投げてやめてしまうクセがある。本当は粘り強く対応すべきなんだ。
確かにあのときは悪意を持った人の専横を許して状況が悪かった。仲裁に入ってくれた人をスルーして悪意の人を追放してでも続けるべきだった。同じような機会が巡ってくることはほとんどないだろう。粘り強く対応する練習はできないかもしれない。だけど一応のところ反省だ。
エコとは言っても
それにしてもエアコンの風はゆるい。室温と設定温度の差は4℃もあるのに噴かす気はないようだ。どうなっているんだ。
――なんやかんやで2時間経ったけど設定温度にたどり着かない。熱風モードというのがあったので使ってみたけど普通の高出力だった。高出力になってくれて助かるんだけど。でもそれって設定温度を30℃にするのと同じだと思うので、なんかイマイチだな。
意味深なのはどうにも
「ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法」を読み進めた。ある作品の一場面を例に挙げて解説されていた。セリフの裏にある真意が説明されるんだけど、そこまで思っているんだろうかと疑わしく感じた。経験の差なのかもしれない。確かに僕は言葉の裏を読むのが下手だ。翌日あたりに不意に可能性に気づくことがある。
それにしても裏の真意というのは難しい。それが存在するかどうか不確かだからだ。「上手だね」という褒め言葉がそのままの意味なのか嫌みなのか、それとも気を遣って言ったものなのか判然としない。僕は基本的に言葉どおり受け止めるけど、そこが真意に鈍感な部分だと思う。難しい。
面倒くさいがなくなればいいんだけど
朝食して、何しようとなっている。本来は小説制作なんだけどまだしばらく休もうと思う。小説制作したいと強く感じるようになるまで放置したい。好きでやっていたはずの小説制作が義務になっていたと思う。自由な気持ちがしぼんでいた。でもそうなると、とたんにすることがなくなる。
プログラミングには課題があるけど面倒くさい。と言うか今はコーヒーの飲み過ぎで気持ち悪く、その改善として水をたくさん飲んで気持ち悪い。気づけば眠くなって気が遠退く。寝たらいいのかもしれないけど睡眠時間は足りているはずなので無用に寝たくはない。Xか、Xをするのか。
希望的観測
少しXをしてから「ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則」を読み始めた。2度目になる。ロバート・マッキーはいくつか本を書いているけど難解でよく分からない。読書百遍意おのずから通ずと言うし何度も読んでやろうというわけだ。僕自身が以前とは違っているし新しい発見があるかもしれない。
今のところは序文みたいなところで、あまり意味がない。つまらないので飛ばして本編的な部分にたどり着いたところだ。でもちょっと疲れた。疲れたというのは飽きたとも言える。別のことをして気分を変えようということでこの日記のこのセクションを書いている。
ロバート・マッキーの本が難解だと書いたけど明快であっても何度も読むことには意味がある。書かれている技術の量が多いから一度では吸収しきれない。それに以前は興味を持たなかった記述が重要に思えてくるかもしれない。前日している「ダイアローグ」も2回目になるけど、初めて読むような心地で読んでいる。以前の自分を思うといつも「何も分かってなかった」という感じがする。感じがするだけかもしれないけど、成長しているのかもしれない。成長だと思いたい。
困った性質と教育
世の中には、嫌なことでも必要とあれば実行できる人がいる。僕はできないタイプだ。目標のための退屈なことを実行できない。
嫌なことをやろうとするとパフォーマンスが著しく低下し、最悪の場合は文章が読めなくなったりする。でもきっとADHDとかのテストをすると、僕のなかで特別なケースとして設定されて不具合が生じないだろう。
行為そのものに意義や楽しさが感じられる必要がある。小説制作するうえでも、言ってしまえば気の向いたことしかできない。仕事ともなれば問題なく実行できるけど、それは出社しているからだ。役割のマインドセットが行われて可能になる。だから自宅でやろうとすると追い込まれてかなり苦しむことになる。
こういう性質はわりとあることだと思う。子育てのなかで子供が宿題をやらなくて叱ったりとかあると思う。勉強は無理にでもやったほうがいい側面がある。そのあたりをどうするか難しいところだ。
僕が唯一勉強熱心だった中学生の頃は塾に通っていた。そこでの説明は分かりやすかったし分からなければ途中で聞くこともできた。授業中に演習問題を解いた。そういう密接な授業との関わりがあってだろう、宿題もできた。子供の教育で困っているなら、個人宅でやっているような小さな塾を試してみるといいかもしれない。