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カメリアの記事

意味があることやないことを綴ります

日記 - 2025-12-22 そこそこの日だった

寝起き

深夜12時に起きた。精神に雑味があり、気分は高揚している。粗雑で粗暴な感じだ。高揚している自分を律せてないように思う。何度か目が覚めて、その度に再入眠できたのはよかったけど睡眠が浅かったのかもしれない。

理想郷

ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法」を読み進めた。自然な対話について「しりとり構造」(僕命名)になっているといいとされた。セリフの末尾に核心を置き、続くセリフはその核心に対して述べられる、というものだ。例えば――

「朝8時に起きて近所のコンビニに向かったとき見たんだ。あいつが乗っていったのは水色のフェラーリだった」
「珍しい色ですね。追跡しやすい」

――のようにする。ここで核心が冒頭にあったりすると――

「あいつは水色のフェラーリに乗っていった。朝8時に起きてコンビニに向かったとき見たんだ。」
「珍しい色ですね。追跡しやすい」

――読者は核心が判明してから相手のセリフになるまで待たないといけない。日常的な会話では普通に起こることだけど、作為的に作られた理想である物語では、作為的に理想的なセリフが作られるほうがいいのだろう。

いろいろなサブテキスト

サブテキストで書く脚本術 (映画の行間には何が潜んでいるのか) 」を読み進めた。文化的なサブテキスト(不文律?)について書かれていた。日本も例に挙げられ、「ノー」と言わない文化でありそれを理解していないと意思の疎通に問題が生じるとされた。言われてみれば断るのに遠回しの表現をしたりするものだ。確かにそこにはサブテキストがある。

今日はこの本は気乗りがしなかった。1節だけ読んで終了した。精神的にクリアで意識の高い状態でないと読めないようだ。この本は体系的に書かれたものではなく、語り聞かせのようなタイプだ。取り留めがなく感じられて読みづらい。

続けている

「今、ここ」に意識を集中する練習』を読み進めた。1週間ごとに新しい練習に入っていくんだけど、今の練習を始めて1週間以上経っていた。早いものだ。

ところで、この練習は終了せずに新しいものを足していくようだ。これまでの活動で「痕跡を残さないように暮らす」として洗面台を常にきれいに保ってきた。これは続けつつ次に入っていく。新しい練習は『「つなぎ言葉」に注意する』というものだ。「えーっと」とか使わない練習だ。

僕は人と会話することが少ないからほとんど練習にならないと思いきや独り言や思考するときに使っているので、これに注意してみることにした。思考が滞って困るようならやめる。

躁幻想

4時くらいから何をしているんだか分からない状態が続いている。腹が減っているし、疲れてもいるし、何もしたくない。溜まったカップ麺のカップを潰す作業を少ししたけど手が疲れて終了した。

先日、朝寝と昼寝をすることに決めたけど実行できていないし今日も実行する気にならないだろう。精神的に高揚していないと難しい。僕は基本的に生き急いでいるので、時間を無駄にするようで寝る決断ができないのだ。精神的に高揚していれば心に余裕ができて生き急がなくなっているので寝るという選択が可能になる。昨夜はわりとよく眠れてストレスが低いはずなんだけど、精神的に素敵な状態ではないらしい。先日気分が充実していたのはドカ食いしてストレスが吹き飛んだ影響なんだろう。同じ状態を作り出すのは難しいようだ。

結局僕の生活や生き方は変わらないまま、という気がする。気分が高揚したときに明るい未来が見えるんだけど、普通の状態に戻ると、見えていたものが幻だったと気づく。

いつもどおり

朝食をして朝が来た。やる気が出ない。何もしたくない。日記を書く程度のやる気はあるようだけど。っていうか元気はあるけどやる気がない、というやつなのかもしれない。

小説制作しなくては、と思うんだけど、そもそも「しなくては」という思考自体が具合が悪い。やりたい!とならなくては。昔はそうだった。自然とやりたい気分になっていた。最近はさっぱりだ。もしかしたら早朝枠で小説制作をすることにすればそうなるのかもしれない。どうにも早朝枠が終わるとやる気がなくなってしまう。

しかし、そもそも小説制作する必要はない。小説制作しなければすることがなくて退屈で苦しい、という事情があるにせよ退屈しないなら小説制作でなくてもいい。考えてみればぼーっとしている選択もあるわけだし、視野を広くして満足な時間を過ごすことを考えたほうがいいだろう。

コンピュータをいじる作業

なんとなく自宅Webサーバーのhttps化をやった。話によるとそのうちChromeがhttpは読まなくなってhttpsしか読まなくなるとかなんとか。それで自宅でも対応しようとしていた。

小説制作するのにJavaScriptを利用している。ブラウザ上で動くものなので小説制作のためにも使えるようにしておかないといけない。

https化は以前やったことがある。でもそのときはChromeがニセ証明書が信用できないと言ってうるさかった。その問題をクリアする方法があるそうなので、ググってやってみた。

午前中の半分以上を使ってどうにかできた。自宅内ウェブサイトのプログラムを修正する必要もあって大変だった。疲れた。しかしまくった。一安心だ。次はパソコンを買い換えたときに四苦八苦するんだろう。そのときのためと世のためにドキュメントを残しておこうかとも思うけど、疲れて無理だ。パソコンを買い換える頃にはまた事情が変わっていてドキュメントが役に立たないかもしれないし。

新しいものに触れる機会が減ったなぁ

サイドデスクに置いているガジュマルの木を先日植え替えたら葉がどんどん落ちていくようになった。そのことをXでポストしたら友人が「https://youtu.be/rl7xMXlD-Ac」というのを教えてくれた。歌詞が泣いてしまいそうな流れだったので冒頭で聞くのをやめた。

それにしても同じくらいの年齢の友人だけど最近の歌を聴くんだな、と思った。どのくらい最近なのか知らんけど、僕は知らないし古い曲ではあるまい。そんなことを考えてみたけど、そもそも僕は音楽を聴かないことが多い。テレビを見ないしゲームをしないし、あえて探してきて聴こうとまで思わないし。音楽が聴けない精神状態のときのほうが長いし。昔からあまり聴かなかった。

Amazon Musicで適当に流してみるのもいいかなぁ。面白いことがあるかもしれない。