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カメリアの記事

意味があることやないことを綴ります

日記 - 2025-12-13 そこそこの日だった

寝起き

深夜1時半に起きた。よく寝た。このくらい寝るといい。昨夜は午後7時前にAmazonからの荷物が届いていたらしい。元々置き配なんだけど、そのくらいの時間のウチは消灯しているし、僕は午後6時半には寝ているし。そういう意味では配達してくれた人はご苦労なことだ。

我が身を省みて

ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法」を読み進めた。キャラクターの台詞が不自然になる理由についての部分だった。セリフがストーリーに関係しない無用なものだとか、感情的過ぎるとか、世界や自分自身について知り過ぎているとか、いろいろあった。気になったのは「メロドラマ」というものだ。

メロドラマは無用に大げさな演技をすることらしい。僕は制作するときキャラクターらしい言動を心がけているけど、気分が盛り上がると演出が大げさになりがちという認識がある。それはそれで盛り上がったシーンにマッチしているかもしれないけど、どうだったかなーと思ってしまう。

ムリせず先に進んだ

「今、ここ」に意識を集中する練習』を読み進めた。読み進めると言っても次の練習に進むために1ページ読んだだけだ。最初の練習である『WEEEK 1 「利き手でないほうの手」を使う』は精神的な負荷が高すぎて諦めた。左手でマウスを使っていたら気分が重くなって小説制作できなくなったからだ。

WEEK 2は「痕跡を残さないようにする」のだそうだ。洗面台とか決めた場所を使ったあとに使ったことが分からないよう掃除するとかなんとか。

僕に適した場所は洗面台だろう。トイレは何さらすることがないし、風呂はいつもやっている。いや、風呂ももうちょっと徹底しようかな。取り組みのやり過ぎはよくないけど風呂をプラスするくらいなら大丈夫だろう。

純文学で何か探そうと思った

三島由紀夫「文章読本」を読み進めた。人物の姿の描写や自然の描写について例を引いて書かれていた。純文学を読まないので一般的にどんな描写がされるのか知らないけど、子細に渡って手の込んだ書かれ方がしていた。自分の作品でこれをやると、やり過ぎになってストーリーと無関係で無用な描写になるけど、純文学ではこういう描写の美しさを楽しむのかもしれない。

当然古い作品を引いて紹介されているから現代的な作品とは違うのだろう。コンビニ人間とか、村上春樹の短編を読んだことがあるけど、こういう描き方はされていなかった。でも村上春樹のハードボイルドなんとかって作品のサンプルを読んだときには主人公のことや主人公が見た案内役の女性についてクドクド書かれていた。あれはあれを楽しむものだったのかな。また読み直してみたい。

ハードル一つ一つは低く

マインドフルネスの練習の手始めとして洗面台にバスハイターみたいなやつを吹き付けてきた。手軽でいい。汚れが目立つようなこともなかったけど、目を近づけてみれば僕に由来する有機物が付着しているだろう。

最初からタオルで拭く方法もあるだろうけど、わりと体力を使うことを知っている。僕に体力がないというのも手伝って疲弊してしまうものだ。なんでもあまり厳しいことをするものではない。本人のレベルに合った程度でやるのが成功の秘訣だ。

マインドスリーピー

眠くなって眠気が取れなくて、眠気を取るツボをググって「中衝(ちゅうしょう)」というのを刺激した。中指の爪の生え際とのこと。爪の生え際を反対の手の親指と人差し指でつまんだときの、親指側だそうだ。

なんとなく眠気がマシになった気がしたけど取り切れない。他にもツボがあるようだから試してみればいいんだけど眠いから面倒で。それで洗面台を掃除しに行った。

水垢みたいなものは残ったけどおよそきれいになった。使ったタオルは面倒なので捨てて(使って捨てる用だった)、新たに使って捨てる用のタオルを用意した。一回水洗いして絞ってからのほうが水を吸いやすいだろう。

グチ☆100%

父はサバを煮て供してくれていた。僕は煮た青魚が嫌いなんだけど何年も我慢して食べていた。その頃の父は常にイライラして恐ろしかったのだ。あるとき焼いたものがいいと遠回しに伝えた。父は煮たサバを焼いてくれるようになった(キチガイ☆ポイント)。

煮てから焼いたサバを何年か我慢して食べていた。それで今日、父が「焼いてあげたから食べなよ」と言うので煮ないで焼いてほしいと伝えた。すると父は難題を言われた、という様子をした。しぶしぶ引き受けるような感じだ。ウチでは父の方針として魚焼きグリルを使うと魚焼きグリルが汚れるので使わないことになっている(キチガイ☆ポイント)。

父は僕のいないところで母に対して不満を垂らしているはずだ。理不尽だ。僕が悪いことになっている。僕はおかしなことを要求しただろうか。僕としては無理して食べさせてくれなくても僕だけおかずが少なくてもかまわない。だけどそれを言えば角が立つ。父は家族に完全完璧な暮らしを提供しようとしているので「僕はいらない」はあり得ない。別に何か作るだろう。そんなのもう、ただの趣味やん。趣味で迷惑かけないでほしい。

消えた2時間

タバコ買って帰ってきたらちょうど9時になった。その前は何をしていたんだろう。管理者をしているLINEオプチャに投稿された作品を読んで感想を書いて、不良行為に注意をした。そこまでは普通に流れた。

タバコを買いに行く前は小説制作で本文執筆に取りかかったところだったけど、気分が乗らなくて一服しようとしてタバコがないことに気づいたんだった。LINEオプチャと小説制作の間が飛んでいる。まぁいいか。

ソリューション

それにしてもやる気が出ない。やる気が出ない以前に、やる気が出ないことを理由に怠けようとしている。小説制作しないことが前提のような気がする。僕の深層心理にとって不都合でもあるんだろうか。精神的な負担は確かに大きい。疲労する。とはいえこの時間はまだ元気なはずだ。自覚でも元気だ。

コーヒーの飲み過ぎかもしれない。耳鳴りがするのはコーヒーが原因だと思う。眠くなるから仕方ないと思って飲みまくっていたけど、各枠で1杯にとどめよう。

でも、なんとなく違う気がする。僕は作業を忌避している。面倒に感じる。作業というか、思考だ。

思い悩んでいたけどポテチを食べたら楽になった。やる気が出たわけじゃないけど気分が楽だ。持っていきようによっては小説制作もできそうな気分だ。

カロリーが足りていないのかもしれない。僕はしばしばカロリーを得るのに砂糖を食べる。だけどこれがヒットしたことがない(学べ)。咀嚼が関係している気もするけど、素直に朝食でご飯を食べたほうがいい気がする。血糖値の上昇速度はそれでも炭水化物のほうがマシだろう。糖尿病リスクを回避しないと。

決定打なのか

昼食を経て活動の指針がリセットされたことで純文学作品を読むために選ぼうとなった。ただ、そもそも直接的に読みたいわけじゃない。自作品をより良くするために有用と思うから、じゃぁまぁ読んでみるか、となっている。そもそも純文学がどう有用に働くか分かっていないから選ぶ基準がない。初心者にありがちな「何をしたらいいか分からない」という状態だ。なるほど初心者のアレはこんな気持ちなのか、とか思いつつ、しかしどうしたものか。

そういうあたりのことをXでつぶやいたら「漱石の坊っちゃんあたりが無難と思われる」と友人からアドバイスがあった。僕としてはここ20年くらいのもので考えていた。なんか現代の社会を鋭く切り取ったやつ、みたいな。しかし、何を見たって気乗りがしないのだ。坊っちゃんは2回くらい読み始めたことがあって気心が知れている。素直に受け取ることにした。