寝起き
深夜12時半に起きた。調子はまあまあ。昨日の調子が低迷していたので今日はこれからどう推移するのか気になるところ。それにしても、今の好調を支えている薬であるリスペリドンは昨夜の分でなくなった。明明後日の通院まではなしで頑張るしかない。
早朝枠の読書
『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』を読み進めた。構成の概説だ。おおむね三幕構成という最も有名な構成法についてだけど、著者が言うにはいろんな構成法も突き詰めれば「始まり・中間・終わり」を示しているとのことだ。三幕構成はこの3つを指している。詳説については他のハウツー本を参照するように書かれていた。
三幕構成について僕の理解からすると「主人公に好調・不調の波を与えると面白くなる」ということが言われている。他の要素はそれを作り出すための手順という感じだ。
幕間
早朝枠は読書に充てることにしているので何を読もうかと思ったけど面倒に感じている。やっぱり調子があまりよくないのかなぁ、と思う。それはそれで仕方ない。
軟らかい本なら読めるかと思って本棚を眺めてみたけど、どうもそういう気にもならなくて、ボケボケしていこうかなという感じ。とりあえずPerfumeをかけて気分が盛り上がらないか試してみる。まぁだいたい気分が上がり調子でないとうるさく感じてしまうのだけど。
ところでPerfumeは歌声を加工しているんだっけ。全然そんな感じがしないで聴いているんだけど、よく分からないものだな。
僕のX
Xでは小説制作者を多くフォローしている。小説制作について新しい知見が得られればいいと思って、期待しないで眺めている。この狭い界隈を観察しているといろいろコンプレックスが感じられる。承認欲求をこじらせていることで斜に構えて卑屈なポストをしている人とか、思うような評価が得られない現状に屈してしまいそうになって自分を奮い立たせる発言をしている人とか。
創作一般について抑圧が原動力になって名作が生まれる、というような説がある。社会主義国に芸術性の高い建築物が見られるとか、ドストエフスキーを生んだのが抑圧的なロシア帝国であることとか。そういう意味で創作者がコンプレクスを持ちやすい人である可能性がある。コンプレックスによって自ら抑圧を感じてそのエネルギーが創作に向けられるのだ。知らんけど。
経過と所感
結果的にPerfumeはなんの効果もなかった。上がりも下がりもしないし、うるさくもない。淡々と流れている。
どうにか気分が上がらないものかとコーヒーを何杯も飲むけど変わらない。むしろ感情の起伏がなくなっているような気もする。と言うか頭痛が出てきた。カフェインの摂りすぎだろうか。
昨日の昼前のことを考えると炭水化物を摂るとカロリー的に気分が上昇する可能性がある。だけど血液検査の結果が悪くなると困るし、どうにも。
気分が悪くはないけどいいわけでもなく、過ごしにくいので寝ることにした。3時くらいだろうか。寝て起きたら5時だった。気分は変わらない。朝食で気分がよくなるように期待するしかない。
マジックアワー
午前8時になっちゃった。朝食して気分がよくなることなく、いや、よくはなったけどやる気が出なくて、ウダウダしていたら8時になっちゃった。また10時にならないと調子が上がらないのかもしれない。今日も管理者をしているLINEオプチャに投稿された作品に感想を書かないといけないのに。というか感想は今からチャレンジしてもいいのか。なるほど。
――感想書いてきた。作品が非常によかった。勇気を持って一歩を踏み出すという話なんだけど、今の僕が元気をもらった。精神状態がそういう感じになっていたんだとは思うけど、たいへん影響を受けた。テーマ性のある作品の素晴らしさと出会った。
僕はどこまで行っても中世ヨーロッパ風ファンタジーで主人公が活躍する話にしか興味がないから、ああいう作品を少なくとも今は書かないけど、でもテーマとして扱ってもいいかなーという気がした。
いきなり急降下
以前母から、みっともないから人前に出ないでほしい、と言われた。40歳を過ぎて妻はなく無職でキチガイの病気(彼らにとっての精神病への理解)でデブでみっともないそうだ。未だに引きずっているショッキングな出来事だ。
今日XのTLでは自責とか他責とかいう話が出ていた。アマ作家が自作品が受けないからとマイナスの情念に駆られるのは他責だからどうの、と。ある人が、どうして他責なんかにするだろうね、と小馬鹿にしていた。そこで僕は感じるものがあったのだ。
母に言われた言葉について「おまえが産んだんだろ」という他責の念がある。頭ではそれは違うと分かっている。僕の人生に責任を持てるのは僕しかいない。親兄弟でもしょせんは他人だ。下衆な親から生まれたのも僕の責任だし、その親にとってみっともない状態になってしまったのも僕の責任だ。その上で幸福をつかめるよう努力するしかない。
だけど感情的な部分で理屈どおりに理解できないでいる。要するに独り立ちできていないのだ。親にすがる気持ちがあるから、突きはなされると立っていられない。自分がそんなに大した人間じゃないのは分かっていたけど、もうちょっとマシだと思っていた。甘かった。
そこまで気づいたとして、じゃぁ何ができるわけでもない。日々自立のために細かな意識の調整をくり返すのだろう。どのようにするかは見当もつかない。結局数日すると今の気持ちを忘れてのうのうと生きるのだ。成長はしない。全部投げ出したくなる。自認は甘かったが人生は甘くない。