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カメリアの記事

意味があることやないことを綴ります

練習の効果の1つは規則性の発見

練習に限らず何事でもそうだけど、同じことを繰り返していると見えてくるものがある。最初はよく分かっておらず漠然と感じ取っている。これを「解像度が低い」と言う。だけど習熟してくると各部の微細な変化まで読み取ることができるようになる。違いが分かる、という状態で「解像度が高い」と言う。

練習は同じようなことを繰り返すものだ。スポーツなどでは同じ動きを気が遠くなるほど繰り返す。スポーツの場合は動きを体が覚えるというのもあるだろうけれど、何にしろわずかな違いが分かるようになると、それをコントロールして妙技を繰り出せるようになるのだ。

しばしば指導を受けることで、または書籍を頼ることで、万と繰り返さねば気づけない技を知ることができる。だからまずは指導を受けたり本を読んだりすべきだ。だけど適切な指導者を得られる機会は多くないし、適切な書籍を得られる機会も多くない。そのときどうするかというと練習だ。

小説制作で言えば、小説を読むことが練習にあたるだろうし、また書くことも練習にあたるだろう。読むときには物語そのものの流れに注意するのも当然だが、物語に気を取られず一文の表現や文章の効果などを味わうことも必要だと思う。うっかりすると物語そのものにハマってしまい文章表現が分からなくなるものだ。文章の生み出す感情などを何度も繰り返し感じることで見えてくるものがある。短文を繰り返す効果、突然長文が入る効果。そういったものを見つけ、書くことで実践し、学んでいく。

こういう行いを還元すると「規則性の発見」ということになる。こう書くとこういう感情が起こるな、というような再現性のある事象を読み取ることで技術として知ることができる。知ってからは実戦する。もしかしたら、まだ誰も気づいていない規則性を見つけられるかもしれない。そうでなくとも表で語られることのない技術を発見できれば強みになる。