カメリアの記事

意味があることやないことを綴ります

日記 - そこそこだった

4時前に起きた。よく寝た。

小説制作をした。op64の第5話の本文執筆だ。朝の段階でひとまず書き終わった。もうちょっと書いて終わるつもりだったけど、文字数が多くなったから終わりにした。まぁ問題ないでしょう。ちょっと端折るくらいの感じになるけど。4400文字くらいかな。第5話のタイトルを考えないといけない。

午前中

働き方で「給料をもらった分だけ働く=給料以上には働かない」という感覚が理解できないでいた。それが今わかった。価値観の違いだった。僕は何か有用な作業をするのが好きだ。言ってみれば働くのが好きだ(働く気はもうないけど)。給料が割に合わないから働かないほうがマシ、という状況にならない。極論すれば無給でも働きたい。お金のために働くのではない。ひとえに「働くことが好き」ということだ。→

→これに対して世の中には「働くことが嫌い」という人がいる。そういう人にとって給料が割に合わないなら無職でいるほうがマシだろう。嫌なことをするのに見返りが足りないなんてあり得ない。働くことが嫌い、という感覚は理解できない。でも働くことが嫌い、ということを前提に考えれば「給料をもらった分だけ働く」ことが理解できる。

Prime Videoで「転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます」の第6話を見た。久しぶりに見た感じだ。第7話も解放されているから2週間見なかった感じだろうか。この作品は本当に出来がいい。本当に素晴らしい。原作の小説は僕には合わなかったけど、アニメは実にグレートだ。

小説制作の続きをしている。第6話の本文執筆だ。新しい話に入った。ひとまずまっさらな状態なんだけど、これだと書き出しにくい。なんか面倒くさい。途中から書くよりエネルギーが必要だ。まぁエネルギーがあったから書き始めているのだけど。10時になって、切りがいいから休憩にした。

ファミマにタバコとファミチキを買いにいってきた。ファミチキは3枚買った。もりもり食べた。美味しかった。でも油っぽいな。1枚はスパイシーチキンにすればよかったかもしれない。というか3枚も食べるな。ダイエット中だろう。

なんでファミチキ食ったかな、という感情がある。後悔だ。後悔先に立たず、ということわざがある。これは「後悔しないようしっかりしろよ」という注意喚起だと思っていた。でも違うんじゃないか。だって僕がファミチキを食べて後悔したのは、食べて満足したからこそ訪れた精神作用だ。つまり事前に後悔を予期できないという気がする。食べる前っていうのは食欲で目がくらんでいる。何も見えなくて、食べることこそ正しいと感じている。そんな精神状態で後悔のことなんか考えられない。思い至ったとしても小さなことだ。だからあのことわざは「後悔を避けることはできない」という諫言なんじゃないだろうか。

午後

Xをしていた。ずっとしていた。なんとなくやり始めて、いつの間にかのめり込み、またなんとなく続け、なんやかんやで夕方だ。何やってたんだ、とは案外に感じないものだな。なんとなく満足感がある。→

→今日は小説制作者のリストをフォローした。たくさんだ。なんでこれまでやらなかったんだろう。気づいてなかった。気づけてよかった。でもXで合理的な利を求めるのは賢くないな、という気もする。情報を必死で追いかけて気が休まらない。まぁいろいろやってみようかねぇ。→

→今日はポストで句点「。」を使わないで書いた。なじんでいかねばならないと思う。ジジイになるわけにはいかないのだ。というとこれはコンプレックスなんだろうな。脱するべきだけれども。ムリに我慢するのもアレだ。やってみよう。

総括

今日はそこそこだった。午後がね、満足感はあるけど、満足な過ごし方でなかったという気がする。もっと生産的になりたい。生産しないにしても元気でありたい。ちょっと不調ではあった。ま、今日はサプリも届いたし。期待しよう。