カメリアの記事

意味があることやないことを綴ります

日記 - そこそこだった

4時半に起きた。寝起きは眠いな。

プログラミングしていた。小説制作したかったのだけど、プログラミングの続きが気になってこっちをやった。今は簡単なところなので、わりと楽。わからないこともあるけど。

午前中

プログラミングの続きをしていた。つまらないことでつまずく。綴りが違うとか。

通院してきた。待合室には少し人がいた。薬は変わった。睡眠用に睡眠薬が減ってリスペリドンが睡眠用に出た。自律神経の調子をよくする漢方薬が出た。大柴胡湯というやつだ。2年前に服用していたらしい。当時はあまり隊長ことを細かく見られていなかったのかもしれない。今ならもう少し効果がわかるかも。

タバコを買いにいった。雨が降っていた。少しだ。自宅を出るときは雨の量がわかりにくく、傘を差して出た。傘は不要なくらいだった。でもたまには傘を差すのもいいかな。→

→ファミチキとエッセルスーパーカップも買った。1003円だった。手持ちが足りてよかった。支払いはだいたい現金だ。カードを使うと母への無心の額が上がっていけない。家運営費の入った財布から1000円札を抜き取って使うのがいい。同じことだけど、無心するときの額で母の態度が変わるから。→

→ファミチキとエッセルスーパーカップは美味しかった。力強い美味しさだった。なんだか安心する。日常のような優しい味だ。

プログラミングの続きをした。完成した。ひとまず。夕方に今日書いた文章とかの集計をやらせて具合を見る。これでやっと小説制作する環境ができた。午後はできるだろうか。

午後

Prime Videoで「魔法科高校の劣等生 第3シーズン」のエピソード5を見た。

小説制作をした。op64の第5話の本文執筆だ。一文で悩んだ。てにをは(助詞)の使い方や動詞の活用で、意味は同じでもテイストが変わる。

  • 慈愛の満ちた微笑み
  • 慈愛の満ちる微笑み
  • 慈愛に満ちた微笑み
  • 慈愛に満ちる微笑み

みたいな感じ。小説を書いているな、という気がした。

14時。疲れた。塩タブレットを食べた。

鎮痛薬は度々飲んでいると効き目が薄くなってくる。注意事項にある「追加で飲むときは◯時間あけてください」を守らないで飲んでいると特に。つまりどういうことかというと、痛みが引かなくても我慢して注意事項を守らないといけない。痛みが引くまで追加し続けてはいけないのだ。ということに気づいた。普通は気づくまでもないことだ。でも気づかないと知ることができないことだ。これは貴重な体験なのだ。

他人を許せるようになりたい。誰かが間違っている(と思う)ことを言ったら、なんだかムカッとして突っ込みたくなる。実際に突っ込まないにしても自分の中では解決していない。短時間とはいえモヤモヤしている。こういうのを変えたい。なんのストレスもなく受け入れたい。結局のところ自己肯定感の問題という気がするけれど。

世の中はだいたい結果がすべてだな、と思った。クレーマーが悪しげに言われるのは他人に迷惑をかけるという結果が評価されたのだ。その人の内面に必ずある問題にはまったく目が向けられない。同じように何事につけ「迷惑をかける人=ダメな人」だ。そのことがいかんというのではないけど、まぁ、一般に議論されることのある「結果か過程か」という命題について、およそ世間で答えが出ているよな、と思う。

何しようかな、と困っている。アニメを見たらいい、とは思う。でもなんかイマイチな過ごし方のように思える。もっと楽しくてクリエイティブな満足感の高い活動があるような気がする。言うなればAIにアイデアを出させたときのようなものだ。AIの出すアイデアはいつもイマイチだ。もっと素敵なアイデアがあると感じる。でも思いつかない。というジレンマのようななにか。

Xのコミュニティで「ポモドーロ」という活動時間の管理方法が紹介されていた。時間を計って作業に集中しよう、というものだ。以前からそのような認識で知っていたのだけど、そのポストによるとやる気が出ないときでも10分だけなどと短時間に区切れば実行できるという話だった。まぁな、できるような気がするな。と思った。やってみると実際にできる。できた! すごい。ただ、今は夕方で脳が疲れているらしく思考するのが苦しい。思考するのが上手くできない。使えるかどうかはケース・バイ・ケースなのだろう。活用していきたい。

総括

今日はそこそこだった。まあまあ寄りだ。午前中に通院がなくて調子を観測できていればまあまあと評価できたかもしれない。午後は少し調子が減退してしまったけど、気分はなかなかよかった。機嫌がよかった。明日もこうであればいい。